鈴木実

地元で行きつけになっている呑み屋に顔を出す。
カウンターで横に座った老紳士と映画の話で盛り上がる。
チャップリンやら、フランク・キャプラやら、
ハワード・ホークスやら、ジョン・スタージェスやら、
老紳士にとってはリアルタイムなんだろうが、古い古い。
俺もほとんど聞き役に回ってしまう･･････

最近の「３Ｄ」流行りを二人で嘆いたあと、
「女優さんは誰が一番好きか？」と振られる。
よくある話だが、浮気性の俺は一人には中々絞れない。
今までの老紳士の話からして、
クラシックでハリウッドに絞って答えようとすると、
その老紳士「私はマリリンだよ」。
一瞬、本田美奈子が頭をよぎるが、違う違う。
マリリン・モンローね。
ちょっと待て、オードリー・ヘップバーンは、「オードリー」と呼ぶのか？
もっと若い奴だと全然違う奴を想像するんじゃないか？
クリント・イーストウッドは「クリント」なのか？
シルベスター・スタローンは「シルベスター」と呼ぶのか？

聞いてみたいと思いつつも、俺は「ビビアン」
（ビビアン・リーね。ビビアン・スーではない）が好きで、
セックスシンボルなら「ブリジット」
（ブリジット・バルドーね。ブリジット・フォンダではない）が好きだと答える。
そう言えば横の老紳士、
マリリン・モンローの３番目の夫のアーサー・ミラーに見えなくもない。
横のアーサー、昔の恋人を懐かしむようにマリリンを語る。
アーサーに「愛してますね？」と俺。
アーサーはフッと笑って何故かＶサインを作る。
Ｖサインの意味はよくわからないよ、アーサー･･････

１９６２年８月５日、日曜日の早朝、
ロサンゼルスにあるスペイン風の自宅のベッドで、
全裸のまま電話の受話器を握りしめて死んでいるのを、
住み込みの家政婦によって発見される。
３６歳･･････やっぱり早いよ。

半開きの口、少し垂れ加減で誘いかけるような眼、内気に見える笑い。
作家のノーマン・メイラーが
「運が良ければ私と寝られるわよ、あなた」
と形容したあの独特の表情。
アーサーもまだやられてる･･････
ミルクのように白い肌、突きだした乳房、目が釘付けになるヒップライン、
アーサーはどこが一番のお気に入りかな？･･････
まさに伝説のセックスシンボル･･････？
俺は「七年目の浮気」と「ノックは無用」しか持っていない。
記憶だけになるけど「ナイアガラ」も「お熱いのがお好き」も「バス停留所」も観てて、
芝居も悪くないよね？体だけの女優じゃないでしょ？アーサー？

ノーマン・メイラーは
「彼女が自分の演じる人物を呼び寄せ、食屍鬼が死体に乗り移るように、その役に乗り移る」
と言っている。
彼女の演技は「痛ましいほど真に迫っている」なんて評もある。
「栄光なき天才たち」という漫画でも取り上げられてたな･･････
夜は何を着るんですか？と聞かれて「シャネルの５番よ」とマリリン･･････
全裸のヌード写真がカレンダーとなって全米にばら蒔かれたときも、
本当に何もつけていなかったのかと聞かれて
「あら、ラジオをつけていたわ」
とマリリン･･････
なんだよ、ウイットもあるじゃないか！
アーサー、こんな女好きになっちゃダメだよ。
死ぬまでやられっぱなしだよ？･･････もう遅いか。
大丈夫？アーサー？近所でしょ？送ろうか？
だからＶサインの意味は何？
半世紀近くやられっぱなしの男達を作るのがセックスシンボルなのか!?
･･････魔物じゃないか。女優さんだ、一流の。